気候変動への対応が企業活動においてますます重要性を増しています。その中で、TCFDとスコープ3排出量が注目されています。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は気候変動に関連する財務情報開示のガイドラインを提供し、スコープ3排出量はGHGプロトコルによって定められた企業の間接的な温室効果ガス(以下、GHG)排出量のことを指しています。本稿では、TCFDとスコープ3の概要から具体例、関係性、メリット、課題について解説します。
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とは?
TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、2015年に設立された気候変動に関連する財務情報開示のための国際的なイニシアチブです。TCFDは、気候変動に関連するリスクと機会を評価し、それに対する企業の戦略や目標を開示することを推進しており、開示の際の4つの柱として「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」を掲げています。 投資家や利害関係者にとって、企業の気候変動への取り組みに関する情報は重要な要素となりつつあります。
スコープ3とは?
GHG排出量を測定・管理する「GHGプロトコル」
スコープ3について理解するためには、まずGHGプロトコルという国際的なイニシアティブについて知っておく必要があります。スコープ3は温室効果ガスの排出内容のカテゴリに当たるものですが、このスコープの基準や内容を規定し示している主体がGHGプロトコルとなっています。
事業者の温室効果ガス排出量の算定及び報告の基準は、世界中からの多数の個人や組織の専門性及び貢献を必要とします。そこで、排出量を測定および管理するための基準を設定するために、1998年に「GHGプロトコル」が設立されました。このGHG プロトコルは世界環境経済人協議会(World Business Council for Sustainable and Development: WBCSD) と世界資源研究所(World Resource Institute: WRI) によって共同設立されたものです。
このGHG プロトコルの目的は、オープンで包括的なプロセスを通じて、国際的に認められた GHG 排出量の算定と報告の基準を開発し、利用の促進を図ることとされています。なお、GHGとは温室効果ガスのことで、二酸化炭素のみならず、窒素なども含めた地球温暖化や気候変動に大きな影響を与えるガスの総称です。
スコープ1・2排出量とは
GHG排出量の管理では、スコープ1、スコープ2、スコープ3という概念が用いられます。スコープ1は企業の直接的な排出量を指し、主に自社の施設や設備によるものです。スコープ2は間接的な排出量であり、自社が購入・使用した電力、熱、蒸気などのエネルギー起源の排出が該当します。
「GHGプロトコル」が主体となり、企業における排出量算定や報告の方法を示す「コーポレート基準が策定されています。また、コーポレート基準の部分的アップデート資料として、スコープ2ガイダンスが発行されており、スコープ2ガイダンスには、コーポレート基準には含まれていない情報も含まれています。これらのガイダンスを下にして企業はスコープ1とスコープ2の排出量を管理・測定することが可能となります。
スコープ3排出量とは
一方、スコープ3はスコープ2以外の間接排出全てを指します。スコープ3基準はGHGプロトコルが2011年11月に発行した組織のサプライチェーン全体の排出量の算定基準です。そのため「GHG プロトコル・企業バリューチェーン(スコープ 3)算定と報告の標準」とも呼ばれています。
スコープ3によって、企業は事業活動が、自社の⼿が届かない・把握することのできない範囲においてどの程度GHGを排出し、気候変動にウィ教を及ぼしているのかを推測することができるようになります。また、⾃社の活動の変化がサプライチェーンの上流/下流においてどのような変化をしていくのかを推測することも可能になります。これらを元に、企業が将来的な削減・脱炭素化を⽬指していくことにつながります。
スコープ1とスコープ2同様にガイダンスも発行されており、スコープ3算定技術ガイダンスは、スコープ3の15カテゴリそれぞれのGHG排出量算定手法や、データ源、事例など、スコープ3基準には含まれていない情報が含まれています。
この15のカテゴリには、「購入した製品・サービス」「資本財」「Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー活動」「輸送、配送(上流)」「事業から出る廃棄物」「出張」「雇用者の通勤」「リース資産(上流)」「輸送、配送(下流)」「販売した製品の加工」「販売した製品の使用」「販売した製品の廃棄」「リース資産(下流)」「フランチャイズ」「投資」と様々なものが含まれています。
サプライチェーンにおけるGHG排出
サプライチェーン全体でのGHG排出量の把握は気候変動対策を行う上でも非常に重要な観点として注目されています。GHGは、化石燃料の燃焼、工業プロセスにおける化学反応、あるいは温室効果ガスの使用・漏洩などに伴って大気中に排出されます。そのため、「サプライチェーン排出量」は、スコープ1にあたる直接的な排出だけでなく、事業に伴う全ての排出を対象とし、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した排出量を指します。
すなわち、サプライチェーン排出量=スコープ1排出量+スコープ2排出量+スコープ3排出量として捉えることができます。つまり、原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など、一連の流れ全体から発生するGHG排出量のことを指しています。
加えて、環境面だけではなく、経済・リスクの側面からもサプライチェーン把握・管理が重視されてきています。そのため、「組織のLCA(ライフサイクルアセスメント)」とも呼ばれるサプライチェーン全体でのGHG排出量を評価することは企業活動全体を管理する上で非常に重要です。実際に企業の環境経営指標や機関投資家の質問項目として使用される動きが見られています。
なお、LCAは製品に対して使われることが多く、原料調達・製造・物流・販売・廃棄までの排出量を評価することを製品のLCA(ライフサイクルアセスメント)とも呼んでいます。
TCFDとスコープ3との関係
TCFDとスコープ3にはどのような関係があるのでしょうか。
スコープ3に当たる排出の報告については、今のところその多くが国内法令では定められていません。そのため、これまで企業に対してスコープ3の排出に関しての義務がなく、それぞれの企業の排出量の算定は曖昧なままでした。また、実測値(一次データ)ではなく、推定値(二次データ)を使用しての排出量の把握だったことも問題視されてきました。
しかし、TCFDの4つの柱の1つである「指標と目標」では、「スコープ1,2及び該当するスコープ3のGHGを開示する」とされています。これにより、企業は財務会計情報と共にGHG排出量についても開示をしていかないといけない状況となっています。特にプライム上場企業については、気候変動リスクの開示を義務化することとなりました。これらに加えて、環境省は2023年4月を目処に実測値(一次データ)算定方法の方針を示すこととしています。
スコープ3排出量の把握のメリット
環境への貢献
スコープ3排出量の把握により、企業は自身の活動が引き起こす間接的な温室効果ガス(GHG)排出量を評価することができます。これにより、企業は環境への貢献度を把握し、持続可能なビジネス戦略の策定や排出量削減の取り組みを推進することが可能となります。サプライチェーンや製品の使用フェーズなどにおける排出量の削減は、気候変動への対策に寄与し、地球温暖化の抑制に役立ちます。
コスト削減
スコープ3排出量の把握は、エネルギー効率の改善や省資源活動の促進につながります。企業はサプライチェーン全体のGHG排出量を把握し、効率的な運営やリソースの適切な使用によってコスト削減を実現できます。例えば、省エネルギーの導入や廃棄物のリサイクル、物流の最適化などに取り組むことで、経済的な利益を享受することができます。
企業のイメージ向上
スコープ3排出量の把握とそれに基づく排出削減の取り組みは、企業の社会的責任と環境への取り組みを示す重要な要素となります。企業が環境への配慮を示し、サプライチェーンや製品の使用フェーズにおける排出量を削減する姿勢を持つことで、顧客や一般社会からの評価を受ける可能性が高まります。環境に対するポジティブなイメージは、企業のブランド価値や競争力を向上させることにつながります。
利害関係者との信頼関係の構築
スコープ3排出量の把握と透明な報告は、投資家や利害関係者との信頼関係の構築に役立ちます。企業がGHG排出量を把握し、それに基づいた計画や削減目標を開示することで、投資家や利害関係者は企業の持続可能性への取り組みを評価しやすくなります。また、スコープ3排出量の把握と報告は、透明性と責任のある企業経営を証明する重要な手段となります。
取り組まない場合のデメリット
TCFDは国際的にも注目が集まっているイニシアティブであり、日本だけではなく様々な国の企業や省庁などが賛同して取り組みを広げています。実際に多くの日本企業も脱炭素経営や投資家への説明材料としてTCFDに賛同し情報開示を進めています。
しかし、スコープ3の排出量を適切に算出せず、GHGの排出量の把握や管理をしないことはTCFDと矛盾する動きともなるため、見せかけの取り組みとしてみなされ、外部から厳しい視線を浴びることになる可能性も出てくるかもしれません。企業が取り組まない場合のデメリットについて以下に列挙します。
サプライチェーンの脆弱性とリスク管理の困難さ
スコープ3排出量の把握を怠ると、企業のサプライチェーンにおける環境リスクや排出量が明確になりません。サプライチェーンにおいては、原材料の調達、製造、輸送、物流など様々な段階でGHG排出が発生します。スコープ3排出量を把握することで、サプライチェーンの脆弱性やリスクを特定し、効果的な環境管理やリスク軽減策を実施することが可能となります。これにより、環境リスクの低減やサプライチェーンの持続可能性向上につながります。TCFDは、スコープ3排出量に関する情報開示を要求しており、サプライチェーンの環境への影響を評価することも重要視しています。適切に取り組むことで企業は自社活動による環境影響評価を適切に把握することにつながります。
不透明性とリスク評価の欠如
スコープ3排出量を把握しないと、企業のGHG排出全体像が不明瞭となります。これにより、企業の持続可能性への取り組みや気候変動に対するリスクへの認識が欠如します。投資家や利害関係者は、企業の気候変動に関するリスクや機会について評価を行う際に、スコープ3排出量の情報を重要な要素として参考にします。したがって、スコープ3排出量の把握がない場合、企業の評価が不十分となり、投資家からの資金調達や利害関係者との信頼関係の構築に影響を及ぼす可能性があります。
機会の逸失
スコープ3排出量の把握を怠ることで、企業は機会の逸失を招く可能性があります。持続可能なビジネス戦略やグリーン製品の開発、省エネルギーの導入など、スコープ3排出量を基にした取り組みによって新たなビジネスチャンスが生まれることがあります。TCFDは、企業が気候変動に関連するリスクと機会を評価し、それに対する戦略や目標を開示することを要求しています。スコープ3排出量の把握を怠ると、これらの戦略や機会を見逃す可能性があります。
法規制および規制リスクの増加
気候変動への対応を求める法規制は世界各国で増加しています。スコープ3排出量の把握が不十分な場合、企業は法規制に対する適切なコンプライアンスや報告義務を果たせない可能性があります。これにより、規制リスクや罰則のリスクが増大し、企業の法的および金融的な安定性に悪影響を及ぼす可能性があります。TCFDのガイドラインに従った情報開示は、企業が法的なリスク管理や規制順守においても重要な役割を果たします。
まとめ
企業活動において気候変動への対応がますます重要となっています。スコープ3排出量の把握は、企業にとって重要なデータと情報の提供源であり、持続可能なビジネス戦略やリスク管理に不可欠です。TCFDとの関連性を考慮しながら、スコープ3排出量の把握を怠ることは、企業にとって透明性の欠如、リスク評価の不足、チャンスの逸失、法的および規制リスクの増加といったデメリットをもたらす可能性があることを理解する必要があります。
スコープ3排出量の管理に取り組むことで、企業はサプライチェーン全体の排出量を把握し、持続可能性戦略を推進することができます。排出量管理には環境への貢献や経済的なメリットがありますが、データ収集や削減の課題も存在します。企業は積極的な取り組みと国際的な協力を通じて、持続可能な未来に向けた貢献を目指すべきです。
<参考サイト>
環境省 経済産業省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム
GREEN HOUSE GAS PROTOCOL
著者のプロフィール
- タンソーマンプロジェクト発起人であり、タンソチェック開発を行うmedidas株式会社の代表。タンソーマンメディアでは、総編集長を務め、記事も執筆を行う。