近年、気候変動は地球規模の課題となり、企業や投資家は気候変動によるリスクや機会に対応する必要性を迫られています。その中で、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は重要な役割を果たしています。TCFDは、2015年に(G7)の金融安定理事会(FSB)によって設立された作業部会であり、気候変動に関連する財務開示に関する国際的な枠組みを提供しています。

この記事ではTCFD開示の重要性やそのメリットとその実施や開示に取り組む企業の具体例について説明します。

TCFD開示の重要性

TCFD開示は、環境リスクへの対応や気候変動の経済への影響に対する企業の責任を明確化し、投資家やステークホルダーの関心を高めるために重要な役割を果たしています。

まず、環境リスクへの対応の必要性はますます高まっています。気候変動に伴う自然災害や環境変動は、企業にとって深刻なリスクとなり得ます。例えば、洪水や森林火災による施設の被害、気温上昇による農作物や水資源の減少などが挙げられます。これらのリスクは企業の生産性や供給チェーンに直接的な影響を及ぼし、経済的な損失をもたらす可能性があります。TCFD開示は、企業が環境リスクを正確に評価し、適切な対策を講じるための手段となります。さらに、環境への配慮が求められる法規制や規制環境の変化にも対応することが重要です。

また、気候変動は経済にも大きな影響を与えます。気候変動に伴う気温上昇や海面上昇は、産業構造やビジネスモデルに変化をもたらし、企業の収益や市場価値に影響を及ぼす可能性があります。例えば、気候変動によって再生可能エネルギーへの需要が高まり、化石燃料産業の市場価値が低下する可能性があります。また、気候変動に関連する規制や税制の変化によって企業の事業リスクやコストが増加することも考えられます。TCFD開示は、企業が気候変動による経済的な影響を適切に評価し、経営戦略や投資判断に反映させるための重要なツールとなります。

さらに、投資家やステークホルダーの関心もTCFD開示を重要視しています。持続可能性やESG(環境、社会、ガバナンス)に対する投資の需要が高まり、投資家は企業の気候変動への取り組みやリスク管理能力を評価する際に、TCFD開示を重要な情報源として活用しています。また、消費者や取引先も企業の環境責任に対する関心を高めており、TCFD開示によって企業は透明性と信頼性を示すことができます。これにより、企業の評判や競争力が向上し、投資家やステークホルダーとの関係を強化することができます。

TCFD開示の要素

TCFDは、気候変動に関連する財務開示を行うための枠組みを提供しています。TCFDは以下の4つの要素から構成されており、それぞれが企業が気候変動に対してどのような情報を開示すべきかを指針付けしています。

これらの要素は、企業が気候変動に関連するリスクや機会を理解し、将来の持続可能な成長を達成するために必要な情報を提供するための基盤となっています。TCFDのガイダンスに従ってこれらの要素を開示することで、企業は投資家やステークホルダーとの信頼関係を築き、持続可能な経済と環境の両立に向けた取り組みを進めることができます。

ガバナンス(Governance)

ガバナンス要素では、企業が気候変動に関連する戦略やリスク管理において、組織の最高意思決定機関がどのような役割を果たしているかを開示します。具体的には、気候変動に関する責任を担当する役員や委員会の設置、気候変動を取り扱うポリシーや目標の策定、組織内での情報収集や評価プロセスなどが含まれます。ガバナンスの強化は、企業が気候変動への取り組みを組織全体に浸透させるために重要です。

戦略(Strategy)

戦略要素では、企業が気候変動の影響や機会に対してどのように対応し、将来の持続可能な成長を達成するための戦略を開示します。具体的には、気候変動に関するリスクや機会の評価、温室効果ガスの排出削減目標や再生可能エネルギーへの移行計画、イノベーションや技術開発への取り組みなどが含まれます。戦略的な開示は、企業が気候変動に対して具体的な行動を起こし、市場の期待に応えることを示します。

リスク管理(Risk Management)

リスク管理要素では、企業が気候変動に関連するリスクをどのように評価し、管理しているかを開示します。具体的には、気候変動による物理的なリスク(自然災害など)や移行リスク(規制変更など)の特定、リスク管理のフレームワークやツールの導入、リスクへの対応策や回避策の実施などが含まれます。リスク管理の開示は、投資家やステークホルダーに対して企業が気候変動に対するリスクを理解し、適切に対処する能力を持っていることを示します。

指標・目標(Metrics and Targets)

指標・目標要素では、企業が気候変動に関するデータや指標、具体的な目標を開示します。具体的には、温室効果ガスの排出量やエネルギー使用量などの計測や報告、持続可能性指標の選定や報告基準の適用、将来の温室効果ガス削減目標や再生可能エネルギー利用の目標の設定などが含まれます。指標・目標の開示は、企業の進捗状況や成果を評価可能にし、透明性と信頼性を高めます。

TCFD開示の具体例

花王株式会社

花王株式会社では、2019年3月にTCFD提言への賛同を表明しました。企業が将来的な経営の継続をしていく上で、気候変動が重要なリスクかつ成長の機会であると認識しているためです。そこで、花王では自社の気候変動に対するその取り組み情報を開示し、さまざまなステークホルダーと対話を行なっていくことが、地球や自社にの持続的成長にとって重要な活動であると捉えています。

実際に、2018年に経済産業省が設置した“グリーンファイナンスと企業の情報開示の在り方に関する「TCFD研究会」”に、花王は委員として参加し、「気候関連財務情報開示に関するガイダンス」の作成に貢献しています。
また、花王では、製品ライフサイクルの全段階において二酸化炭素排出量、水、化学物質、生物多様性の4つの個別課題を中心に環境課題に取り組むべきだとして取り組みを進めています。

ENEOSホールディングス株式会社

ENEOSホールディングス株式会社では、2019年5月にTCFD提言に賛同・署名し、情報開示の強化・充実を図っています。また、2020年6月には経団連の「チャレンジ・ゼロ活動」に賛同・参画することで、気候変動課題の解決に向けた技術開発に挑んでいます。ENEOSホールディングス株式会社は社長を議長とする「ENEOSホールディングス経営会議」を組織し、グループ横断的な視点から、将来の事業計画等の気候変動対応の審議および活動状況の総括・評価を行うというガバナンス体制にて気候変動への取り組みを進めています。

また、気候変動対応と役員報酬の連動するという仕組みを設けており、役員報酬を構成する株式報酬には、財務指標に加えCO2排出削減量を業績指標として採用しています。これはCO2排出削減に向けたENEOSホールディングス株式会社としての取り組みの姿勢を示すもので、中長期的な視点に立った競争力の高い事業戦略を策定・実行するインセンティブとして機能することを目指しています。

TCFD開示のメリット

TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の開示は、企業にとってさまざまなメリットをもたらします。

投資家からの関心と信頼の向上

TCFD開示により、企業は気候変動に関する情報を投資家に提供し、投資家の関心を引き付けることができます。持続可能性や気候変動への対応を重視する投資家は、企業がTCFDガイドラインに基づいて開示しているかを評価し、投資判断を行います。TCFD開示によって企業は透明性と信頼性を高め、投資家からの支持や資金調達の機会を得ることができます。

ステークホルダーとの関係強化

TCFD開示は、企業とステークホルダー(顧客、取引先、NGO、地域社会など)との関係を強化する助けとなります。持続可能性や環境責任への関心が高まる中、ステークホルダーは企業が気候変動にどのように取り組んでいるかを知りたいと考えています。TCFD開示によって企業は自らの取り組みを明確化し、ステークホルダーの期待に応えることができます。これにより、企業の評判やブランド価値が向上し、顧客や取引先からの支持や共感を得ることができます。

気候変動関連リスクの評価

TCFD開示によって企業は気候変動に関連するリスクを評価する機会を得ます。気候変動による物理的なリスクや規制変更などの移行リスクへの適切な対応は、企業の持続可能な成長にとって重要です。TCFDガイドラインに従ってリスク管理の枠組みを整備し、リスクの特定と評価、リスク管理のプロセスの開示を行うことで、企業はリスクへの適切な対処と潜在的なビジネス機会の把握を促進します。

イノベーションと競争力の向上

TCFD開示によって企業は気候変動への対応においてイノベーションを促進することができます。持続可能な技術やエネルギー効率の向上などのイノベーションによって、企業は環境負荷の削減や新たなビジネス機会の創出を実現します。TCFD開示によって企業は自らのイノベーションへの取り組みを示し、競争力を高めることができます。

TCFDのガイダンスは、企業が気候変動に関連する情報を開示するための枠組みを提供しています。TCFDのガイダンスは、2017年に初めて公開されて以来、企業や投資家、規制当局などの間で広く受け入れられ、導入が進んでいます。

現在の進捗状況では、多くの企業がTCFDのガイダンス3.0に従って開示を行っていますが、まだ全体的な普及は進んでいません。特に大規模企業や金融機関、投資会社などは、TCFD開示を進める先駆者として活動しています。さまざまな業界や地域においても、TCFDの要素を取り入れた開示が増えてきていますが、まだまだ一部の企業に限定されています。しかし、2022年4月プライム上場企業についてはTCFDの開示が義務化されたことから、今後は日本でもTCFDの開示がより一層進んでいくと考えられます。

今後の展望

投資家の要求と影響力の増大

持続可能性を重視する投資家の数が増加し、気候変動へのリスク管理や機会の把握に関する情報への需要が高まっています。投資家はTCFD開示に基づいた情報を求め、企業の評価や投資判断に影響を与える可能性があります。

標準化と報告の向上

TCFD開示の標準化と報告の品質向上が進むことが予測されます。業界や地域のベストプラクティスの共有や報告基準の整備により、開示の一貫性と比較可能性が向上し、投資家やステークホルダーのニーズに応える高品質な情報が提供される可能性があります。

開示範囲の拡大

TCFD開示は現在、企業の気候変動に関連する財務情報や戦略に焦点を当てていますが、将来的にはより幅広い領域に拡大する可能性があります。例えば、サプライチェーンの影響や気候変動に関連する商品やサービスへの開示など、より包括的な情報開示が求められるかもしれません。

TCFD開示の進捗状況と展望は、企業と投資家の取り組みや規制の動向、市場の要求によって形成されます。TCFDのガイダンスに基づく開示が進み、より持続可能な経済の実現に向けた取り組みが加速することが期待されます。

まとめ

TCFDの開示は、企業にとって重要性が高まっています。気候変動に関連するリスクと機会の理解、適切なリスク管理、持続可能な経済への適応が求められる現代のビジネス環境において、TCFD開示は企業に以下の利点をもたらします。

まず、TCFD開示は投資家からの関心と信頼を高めます。持続可能性や気候変動への対応を重視する投資家は、TCFD開示に基づく情報を評価し、投資判断を行います。適切な開示によって、企業は投資家からの支持や資金調達の機会を獲得することができます。

また、TCFD開示は企業とステークホルダーとの関係を強化します。顧客、取引先、地域社会などのステークホルダーは、気候変動への企業の取り組みに関心を持っています。TCFD開示によって企業は透明性を高め、ステークホルダーの期待に応えることができます。

さらに、TCFD開示はリスク管理と機会の把握を可能にします。気候変動に関連するリスクの特定と評価、適切なリスク管理戦略の策定により、企業はリスクに対処し、ビジネス機会を追求することができます。

したがって、企業はTCFD開示を行うべきです。TCFD開示は投資家からの信頼を獲得し、ステークホルダーとの関係を強化し、リスク管理と機会の把握を促進します。さらに、将来の規制や市場の要求にも対応できる準備を整えることができます。TCFD開示は持続可能な成長と環境への貢献を目指す企業にとって欠かせない要素となっています。

<参考サイト>
TCFDコンソーシアム
Task Force on Climate-related Financial Disclosures: TCFD
経済産業省 気候変動に関連した情報開示の動向(TCFD)
環境への取り組み 花王のアプローチ
ENEOSホールディングス株式会社 気候変動のリスク/機会への対応(TCFD)

著者のプロフィール

福元 惇二
福元 惇二
タンソーマンプロジェクト発起人であり、タンソチェック開発を行うmedidas株式会社の代表。タンソーマンメディアでは、総編集長を務め、記事も執筆を行う。