気候変動と自然環境の喪失は世界的な懸念事項となっており、これらの問題に対処するためには企業の積極的な取り組みが不可欠です。そこでTCFD とTNFDという国際的なイニシアティブが発足し、企業活動による気候変動と自然環境に関連するリスクと機会について情報を開示すること取り組みが進められています。

この記事では、TCFDとTNFDの概要と重要性、取り組む場合のメリットや取り組まないデメリットについて解説していきます。

TCFDとTNFD

TCFDはTask Force on Climate-related Financial Disclosures、TNFDはTask Force on Nature-related Financial Disclosuresの略称です。それぞれ気候変動と自然関連の情報開示に焦点を当てた取り組みです。日本語では、TCFDは「気候関連財務情報開示タスクフォース」、TNFDは「自然関連財務情報開示タスクフォース」と訳されています。このようにTCFDとTNFDは名称がよく似ている国際的な取り組みではありますが、対象範囲や開示情報の種類、発足年月などが大きく異なっています。以下に両者の主な違いを示します。

TCFDとは?

2015年4月にG20財務大臣と中央銀行総裁が金融安定理事会(FSB)に対し、金融セクターが気候関連問題をどのように考慮できるかを検討するよう要請しました。それを受け、金融安定理事会(FSB、Financial Stability Board)が2015年12月に設立した国際的なタスクフォースがTCFDです。

また、財務報告と気候変動に関連する情報開示の統合を促進し、投資家や他の利害関係者が気候関連リスクと機会を評価できるよう支援しています。企業が気候変動に関連するリスクと機会を評価し、それに対処するための情報を開示することを促進している取り組みです。

TCFDができた背景

TCFDが設立された背景には、気候変動が企業および金融市場に与える影響の増大があります。気候変動は世界経済に金融リスクをもたらすことが認識されており、気候変動に伴うリスクは企業の業績や金融市場の安定性に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

金融市場の重要な機能の 1 つは、情報に基づいた効率的な資本配分の決定をサポートするためにリスクの価格を設定することです。この機能を果たすために、金融市場は企業からの正確かつタイムリーな情報開示を必要としています。正しい情報がなければ、投資家などが資産の価格や価値を誤って判断し、資本の誤った配分につながる可能性があります。このような状況を認識した投資家や金融機関の関心を引き、TCFDの取り組みが進みました。

TCFDは、企業が気候変動に関連する情報を適切に開示することで、市場への透明性と持続可能性への取り組みを向上させることを目指しています。TCFDが、企業がこれらの要素を適切に評価し、投資家や他の利害関係者に対して明確かつ一貫した情報を提供することを支援することとしました。

TCFDで開示する情報

TCFDは、企業が気候変動に関連するリスクと機会について開示するための4つの主要な情報カテゴリーを定義しています。

・ガバナンス: 気候関連のリスクと機会に関する組織のガバナンスを開示します。
・戦略: 気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす実際および潜在的な影響を、そのような情報が重要である場合には開示します。
・リスク管理: 組織が気候関連リスクをどのように特定、評価、管理しているかを開示します。
・指標と目標: 情報が重要である場合、関連する気候関連のリスクと機会を評価および管理するために使用される指標と目標を開示します。

また、効果的な開示のための原則として下記の7つの原則がHP上で公開されています。

1.開示は関連情報を表す必要がある
2.開示は具体的かつ完全でなければならない
3.開示は明確で、バランスが取れており、理解しやすいものでなければならない
4.開示は長期にわたって一貫性を保つ必要がある
5.開示は、セクター業界またはポートフォリオ内の企業間で同等である必要がある
6.開示は信頼性があり、検証可能で、客観的でなければならない
7.開示は適時に提供されるべきである
引用元:TCFD Recommendation

これらの情報をベースとして、タスクフォースでは、企業組織に対し、そのような情報が重要である2℃以下のシナリオなど、さまざまな気候関連シナリオを考慮して、戦略の回復力を説明することを推奨しています。シナリオ分析は、不確実性の条件下で考えられるさまざまな将来の状態の潜在的な影響を特定し、評価するプロセスです。

TNFDとは?

TNFDの概要

TNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)は、自然に関連する金融情報開示に焦点を当てた取り組みです。TNFDは、企業や金融機関が自然への依存度や生態系への影響を評価し、それに基づいて情報を開示することを推奨しています。TNFDは、企業や投資家が自然の減少、生物多様性の喪失、環境汚染などの自然関連リスクを理解し、それらに対処するためのフレームワークを提供します。

TNFDは目的を下記のように明示しています。

”組織が進化する自然関連リスクを報告し、行動するためのリスク管理および開示フレームワークを開発および提供すること。最終的な目的は、世界的な資金の流れが自然にとってマイナスの結果から自然にとってプラスの結果へ移行することを支援することである。”

引用元:TNFD About

また、2022年12月に生物多様性条約COP15で採択された「昆明・モントリオール枠組」の目標15では、「ビジネスや金融機関が生物多様性に関わるリスクや依存、影響について開示するために締約国が措置を講じる」とされており、TCFDの枠組を参考にしつつ、TNFDの取り組みも進められています。市場導入に向けた完全な枠組みは 2023 年 9 月に完成する予定です。

TNFDができた背景

TNFDは、企業や金融機関にとって自然関連リスクの理解と適切な評価が重要であるという背景から生まれました。自然への依存度や生態系の健全性は、企業の業績や金融市場の安定性に直接的な影響を与える可能性があります。また、自然への影響は社会的な関心の高まりや規制の厳格化によってもますます重要なテーマとなっています。TNFDは、企業や金融機関が自然関連リスクを適切に評価し、適切な開示を行うことで、市場への透明性と持続可能性への取り組みを向上させることを目指しています。

TNFDで開示する情報

TCFDの4つの柱を考慮して、TNFDでは「トレーサビリティ」、「権利保有者を含むステークホルダーとのエンゲージメントの質」、「気候と自然の目標の整合性」の3つの項目での開示を求めるよう進められています。TNFDはまだ正式に取り組みとして始まっていないため、開示する情報などについても議論が進められている最中です。

TCFDとTNFDの違い

開示情報で焦点を当てるものが異なる

TCFDは、気候変動に関連する情報の開示に焦点を当てています。企業は、気候変動によるリスクと機会に関する情報を開示することが求められます。一方、TNFDは、自然関連の情報開示に焦点を当てています。企業は、自然の減少、生態系の変化、生物多様性の喪失など、自然に関連するリスクと機会についての情報を開示することが求められます。

開示する内容が異なる

TCFDは、気候変動に関連するリスクと機会についての情報開示を重視しています。企業は、温室効果ガスの排出量、気候変動シナリオへの適応策、気候変動による経済への影響などの情報を開示します。

それに対してTNFDは、自然関連のリスクと機会についての情報開示を重視しています。企業は、自然資本の依存度、生物多様性の保全策、生態系サービスへの影響などの情報を開示します。

発足年や発展段階が異なる

TCFDは、2015年に設立され、既に多くの企業がTCFDの指針に従って情報を開示しています。TCFDは国際的な標準として認知されており、金融業界や企業の関与が進んでいます。

一方、TNFDは、まだ比較的新しい取り組みであり、2023年に発足し正式にはまだ動き出していません。TNFDは現在、指針やフレームワークの開発に取り組んでおり、将来的にはより多くの企業が情報開示に参加することが期待されています。

TCFDとTNFDはどうして重要?

気候変動と生物多様性世界的に深刻な問題

気候変動と生物多様性は企業にとって重要なテーマです。気候変動と生物多様性の喪失は、地球上の生態系や人間社会に深刻な影響を与える世界トップレベルの危機として認識されています。実際に世界経済フォーラムの報告書によると、今後10年間で起こり得るリスクの第1位と3位に位置付けられてます。

気候変動が進むと、企業の事業活動やサプライチェーンに深刻な影響を与える可能性があります。また、生物多様性の喪失により、企業は生物多様性に依存するリソースやサービスの供給に問題を抱えることがあります。TCFDとTNFDの情報開示により、企業は気候変動や生物多様性に関連するリスクを把握し、適切な対策を講じることが求められます。

投資家の意識の変化

昨今では、ESG投資やインパクト投資といった投資を重視する投資家も増えています。 ESG投資は、環境(Environmental)、社会(Social,)、ガバナンス(Governance)の3要素を重視した投資で、企業の持続可能性への取り組みを評価するための重要な手段です。

TCFDとTNFDの情報開示により、投資家は気候変動や生物多様性に関するリスクと機会を評価し、ESG指標を基にした投資判断を行うことができるようになります。そして、TCFDとTNFDの情報開示は、投資家と企業とのコミュニケーションの基盤を提供し、持続可能な投資の促進に貢献します。

また、インパクト投資は、社会や環境へのポジティブな影響を追求する投資です。気候変動と生物多様性に関する情報開示は、インパクト投資の効果測定や成果報告の基準となります。TCFDとTNFDの情報開示により、企業は自らの持続可能性への取り組みやポジティブなインパクトを明確に示すことが求められます。これにより、インパクト投資家はより効果的な投資先を選択し、社会および環境への貢献を最大化することができます。

このように経済発展や企業の業績のみを重視するのではなく、気候変動や生物多様性の喪失などに対する企業の意識や取り組み姿勢は今後ますます重要視されてくることになり、これらの点を疎かにしていると企業経営自体に大きな影響を与える可能性が出てくるかもしれません。

TCFDとTNFDに取り組むメリットとデメリット

メリット

TCFDのガイドラインに従って気候変動に関連するリスクと機会を評価することで、企業は将来の気候変動によるリスクに備えることができます。また、低炭素技術やクリーンエネルギーなどの新たなビジネス機会を見つけ出すことも可能です。

また、TNFDでは、TNFDに基づく情報開示により、企業は生物多様性へのリスクを特定し、適切な対策を講じることができます。これにより、生物多様性の損失や生態系の破壊を最小限に抑えることが可能です。

さらに、TCFDは国や地域の法的および規制要件に対応するためのガイドラインとして広く認められています。TCFDへの取り組みは、企業が法的要件に適合し、規制当局や監査機関との関係を強化することにつながります。

また、今後、生物多様性の保護や回復に関する法的要件や規制が増えています。TNFDへの取り組みにより、企業は関連する法的要件への適合度を評価し、ライセンスや許認可のリスクを回避することができます。

上記に加え、投資家とのコミュニケーションツールとしての活用や関係強化などを図ることも可能です。

デメリット

TCFDへの取り組みには、データ収集、情報開示のプロセスの整備、リスク評価の実施などの負荷とリソースが必要です。特に、スコープ3排出量の把握やサプライチェーンの評価には時間と労力がかかる場合があります。また、TCFDの開示要件に従って提供される情報は、企業が現在のデータや予測に基づいて作成するものです。そのため、情報の不確実性や信頼性の問題が生じる可能性があります。

TNFDの情報開示要件には、生物多様性に関するデータの収集と評価が必要です。しかし、生物多様性に関するデータは入手困難であり、評価方法も未確立の場合があります。TNFDは比較可能な情報開示を促進するために標準化を進めていますが、まだ十分な標準化が進んでいないため、情報の比較や評価が困難な場合があります。

このように企業にとっては負担が増えてしまうという側面もあります。

まとめ

TCFDとTNFDは、気候変動と自然環境に関連する情報開示を通じて、企業が持続可能な未来に向けたリーダーシップを発揮することを促しています。TCFDは気候関連リスクに焦点を当て、企業の経済的な価値に与える影響を評価するための枠組みを提供します。一方、TNFDは自然環境の喪失や生物多様性の減少などのリスクに焦点を当て、企業の自然関連リスクと機会への対応を支援します。両イニシアチブは企業による情報開示の強化と透明性の向上を通じて、持続可能な経済の実現に貢献します。

<参考サイト>
Task Force on Climate-related Financial Disclosures: TCFD
環境省 総合環境政策 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)
Taskforce on Nature-related Financial Disclosures: TNFD
環境省 昆明・モントリオール生物多様性枠組(仮訳)
年金積立金管理運用独立行政法人  ESG投資
金融庁 インパクト投資とは

著者のプロフィール

福元 惇二
福元 惇二
タンソーマンプロジェクト発起人であり、タンソチェック開発を行うmedidas株式会社の代表。タンソーマンメディアでは、総編集長を務め、記事も執筆を行う。